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2023

そういえば、

六月。いつもなら薄暗い空を見上げて気分までどんよりするところだ。それが今日は、水の無い月という六月の名そのまま、まぶしい日射しが照りつけている。
海にほど近い、古い町。日陰をさがしながら歩いた。

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青葉が勢いを増している。そこここに、花が植えられていた。町並みに似合うはかなげな色の花は、何というのだったか。

思い出そうとして、ふと瞼の裏にずっと以前の景色がうかんできた。ダイニングの椅子にすわる母のワンピース。薄紫の、その花と同じ色をしていた。母は新聞を読んでいたのだったか、裁縫をしていたのだったか、学校から帰ったわたしに振り返り、何かを言った。

そのワンピースは母のお気に入りだった。わたしにはなんだか地味に見えて、ほかの色を選べばよかったのにと思っていたけれど。

 

そのころわたしたち家族はこの町まで小一時間ほどのところに住んでいた。正月には父、母、弟と、こちらの八幡さまにお詣りした。小説やドラマゆかりの寺社をたずねたこともあったが、わたしには、歴史のある町という印象ばかりで、何十年かして古い小路を歩くことが楽しくなるとは想像していなかった。

 

わたしが社会人になったころ、父は出身の東北の都市に転勤になり、母とともに引越していった。わたしは結婚して、何回かの引越しののち、家族とまた、この町の近くに暮らすようになった。

古い町は折々の季節に美しい表情を見せる。観光客で賑わう通りを離れても、住宅地の奥がひっそりと寺社の参道になっていたりする。

数年前、友人と苔のきれいな階段が有名なお寺にお参りした。母に写真を見せると、たずねたことがあると言う。昔、昼間のひとりの時間、小さな旅気分だったと。

そんなお喋りからしばらくして、母は次第に記憶をおぼろにしていった。

 

明るい陽の光をうけて、町を行き交う楽しげな人たち。木々の葉をゆらす風も気持ちよい。今日はただ心はずむ、町歩きのつもりだった。

なのに、角を曲がるたび母の声のあれこれを思い出す。考える。わたしは母と会話して、そして若いわたしと言葉を交わす。

六月の花が、わたしを思わぬところまで運んでくれたようだ。

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