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2022

手のひらの町

 その町は、小箱にしまうようにすっぽりと、私の心の中にある。

 

 就職した子どもの赴任先は、私がそれまで訪ねたことのない町だった。引越しを数日手伝い、新幹線に乗って帰宅した。

 瞼の裏に残る大きな神社、通りに並ぶ古民家、造り酒屋。見かけながら通り過ぎた景色が浮かんでくる。引かれるように私は、それから何度もその町を訪ねた。

 

 町の広報や記事を見ては地図を広げ、歩く。バスを待つのももどかしく、何キロも辿って、道端の眺めにふと立ち止まる。気ままな時間は贅沢だ。空の匂い、風が運んでくる音。町のあちらこちらを手のひらに包み、しまった。

 

 

 いつも暮らしている町は、最寄りの駅を答えたり地図を指差したりできるけれど、輪郭をひこうとすると、形を変えながらのび広がる。うねり、私は巻きこまれる。

 

 ひとりになって小箱の蓋をあけると、あの町にひっそりと時間が流れている。手のひらに掬いとっては、そっと中へ入りこむ。

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