top of page
2021
もういちど
井戸に落ちる夢を見た。
幼い日のことだ。繰り返し見る夢だった。今日も見るだろう、と思いながら眠る夜には、ふわりと落ちた。
赤黒い石造りの穴へ、落ちていく。ざらりとした壁はつかめない。下には暗い水が私を映している。
でも決して、おぼれない。見上げれば丸く、空が晴れている。空!
胸に力を入れると、目の下には草はらと青い木々がひろがり、私はそこを滑空する。もっと、もっと先へ。高くなりすぎないように。誰にも見つからないように。もっと。もう少し。
住んでいた家の近くには井戸があって、よく母が洗い物をしていた。近づいてはいけないと言われていて、私は中を覗いたこともないはずなのだが。
いつの間にかその夢も見なくなった。
そして、ひとと繋がり、支え、頼り、毎日を過ごしている。
けれど時どき思うのだ。ひとりで乗り越え、飛び込み、高く駆け上がった確かな記憶。もういちど、たどることがあるのだろうか。
bottom of page